舞姫のお誕生日

今日は生きていれば母の80代最後のお誕生日
72歳で亡くなった母は6歳の頃より日本舞踊を習い、仕事をしながら、夜は舞踊を教えるという舞踊家、舞い姫であり、墨絵から始まり、美人画を書く事、日舞の舞台を書く事に余念がなかった、一日本画家として、関西を車で走り回っていた。
私が母から受け継いだ唯一のものは、大阪、神戸市内はもとより、高速道路を自由に走れる様になった事ぐらいだったほど、母は毎日あちこちの稽古場まで車を走らせていた。
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怖がりの私は、高速もドキドキしながらも母を見習ってあちこちに行ったけど、今じゃ高速はドキドキして走れなくなってしまった。
母の私に対する口癖は『あかんたれ」
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大阪弁で意気地無しぐらいの意味なのかな
そんな『あかんたれ』も、何もわからないままに、母の弟子達を他先生に預けに行ったり、母の絵を貰ってもらったり、大量に残った日本画の新品色紙を、夫と文具屋さんに売りに歩いたり、、何と言ってもあの、頑固で強情でうるさ型の父と暮らしたり、、、褒めてくれるのでしょうか?
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17年前のお誕生日には、お茶会にでも参加する余裕を持ってほしいと帛紗挾み、帛紗、古帛紗などの詰め合わせをプレゼントしました。結局日舞の舞台が毎月2、3回は国立文楽劇場であったり、画展があったりでいつも飛び回っていたから、なかなかそんな時間を作る余裕はなかった。
そんな母がふっと体を休めれたのは、微熱が出て病院に行って、急性骨髄性白血病が発見された時だった。
入院後48日間の闘病生活、、、、その間もずっとベッドの上で絵を描いたり、弟子の舞踊の振り付けを考えたり、なくなる10日前ぐらいまで、復帰する事を信じていた

私が送ったバースデーカードと帛紗挾みは母の小物入れに今もはいったまま。
卯年生まれの母に兎の柄のものを選んだ、、、そして渡したのは卯年8月

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出戻りますか?それとも嫁に出る?

母の作品!
叔父が千里に家を建てた時に吹き抜けの玄関に描いてあげたもの。。。
でもいつのまにか外されて、叔母の家の納戸の中にねむっていたみたい
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「おこしやす!」と言ってるような舞子さん
叔母から納戸にいつまでも仕舞っていたら勿体ないし、もう飾らないつもりだからと言われた・・・

こうやって見ると小さい額みたいだけど、実物は縦1m20cm、横1mの大作!出戻ってきたとしても、、飾る空間がない。
母の色紙画だけでもかなりの量があるえど、額縁もかなり大量にある。
展覧会にだしたものだから、何せデカイ

叔母のところからは引き取る事に決めたけど、、、嫁ぎ先も決めないと戻してもらえない。

でもどうにか、飾ってもらえる施設を発見。。。。
いただけるなら喜んで~~と言って下さっている。

母が何日もかけた絵を、本当なら家で飾って上げたいけど、、、沢山の人に見て貰える大きな場所に置いておくのが一番いいと判断。。。父も「それがいい」と一言。。
約30年ぶりに戻ってくる

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