滞りなく、、、、滞りなく

家族
03 /18 2006
母の7回忌法要と祖母の13回忌法要を済ませた。

彦根はやっぱり寒かった!朝9時に出たけど到着したのは11時過ぎ!(途中、焼きたてパンで有名な桂川インターでパンをゲットした時間が余分だけど・・・彦根に向かう時の楽しみの一つだから)

彦根の寺はかなり冷え込んでいて、冷たい板敷きの廊下などは足の裏ががちがちになりそうな程。

定刻の12時前からおまいりの親戚が集まりだし、総勢35名が本堂と墓との法要に参加した。
焼香順序も順不同で行ったので、結構な時間がかかった。
和尚さんの法話の様なものがあり、人間には避けられないものが4つあると言う。『生・老・病・死』の話を聞いた。

法要の後、近くのホテルの和食堂での会席。
弟が司会進行を進め、弟の家族がビンゴーを担当した。
お年よりはビンゴーの意味が分からないようで、終わってから用紙を持ってきて、これは当たってますか?なんて聞いてきた。
後からじゃわからんやんと思いながらもチェックしてあげた。どのラインも揃ってなかったけど(爆)

クリスチャンだった祖母は教会で毎年昇天記念礼拝で祈りの集まりがあるのだけど、母のは次の13回忌までは後6年何もない。

急性骨髄性白血病という病であっと言う間に他界した母の事を偲ぶ機会が少ないけど、家族がいつも心のどこかで思っている事が一番の供養なのだと思う。
亡き本田美奈子さんや、元気に復活されてる渡辺謙さん、市川団十郎さんなどの病気が話題になると、母の苦しかった闘病を思いだす。

6年前の丁度今頃の時間、母の最高血圧が40から上がらなくなりだしていた。それでもその状態でみんなが揃うまでの6時間は頑張って生きてくれた。
苦しそうに息をする母、「もうそんなに頑張らなくていいよ」という弟の言葉でフーと息をして静かに亡くなった。

亡くなった時は悲しかったけど、あんなに苦しい治療をもうこれ以上させなくていいんだというホッとした気持ちの方が強かった。

息を引きとる間際、母に向かって「お母さんの頑張りは決して忘れないよ」と声をかけた。。。それほど頑張って病気と闘ってくれた母。
『ご臨終です!』と言われた後も母の好きな「藤の幻想」の曲をテープで流すと心電図が動いた。
「まだ死んでないのですか?」と看護婦さんに聞くと、曲に反応して筋肉が動いてるだけで、数時間は続くとの事だった。
不思議だった。。ずっと曲を流しておきたかった。

「桜が咲くまでにはよくなりますよ」という医者の言葉を信じて、母は苦しくて辛い地獄の様な治療に真面目に頑張っていた。

母が亡くなって10日程して桜が開花した。
私にとって、この年は凄く辛くて、寂しい桜便りだった。

こんな母と祖母のために雨なのに遠くから集まってくれた人に、たぶん二人は感謝して喜んでいるだろうなぁ!

そして、母の一番の心残りだった父も、元気にこの日を取り仕切れて何よりもよかったと思う。
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bon ami

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